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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)3332号 判決 1958年5月21日

原告 徳竹儀一

右訴訟代理人弁護士 木田州又

被告 佐藤仙蔵

右訴訟代理人弁護士 神戸章

主文

被告は原告に対し、三一五、〇〇〇円及びこれに対する昭和三一年五月一一日から支払ずみに至る迄年五分の金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

原告主張の事実は、被告に原告主張のような調査義務及び故意過失があつたこと、本件不動産の売買契約につき、原告に、その主張のような要素の錯誤があつたことは原告がその主張のような損害を蒙つたことを除き、すべて被告の自白したところである。

被告に、原告主張のような故意過失があるか否かにつき、判断する。その成立に争のない甲第一、第二号証、乙第三号証の三、五同第五号証の各記載竝びに証人花和操同中島伴次郎の各証言及び原被告各本人尋問の結果によれば被告は昭和二九年一月一六日、本件売買契約成立に先だち、原告や花和操等を中森実方に伴い、原告に本件宅地建物を見せた後、同人に引合わせ、同人は原告に、本件不動産中、中野区宮園通五丁目四九番地の四の宅地三七坪六合八勺と、同町五丁目五七番地にある家屋番号同町二七三番の二の家屋の登記簿謄本を見せたが(この点は原告も認める)、同町五七番の一の宅地二四坪七合、及び同五丁目四九番地にある家屋番号同町二六六番のこの家屋建坪九坪五合については、登記簿謄本を見せなかつたこと、(この後の家屋については当時保存登記さえしてなかつたので、小幡正雄が所有者林清風から買受け、同年八月一八日、自己の為に保存登記をした)中森実は原告に対し、提示した右宅地及び建物の登記簿謄本各一通には、その所有者が林清風の名義になつているが、それは登記料の関係その他でそうなつているので、事実は自分が所有者であるから、何時でも原告に所有権移転登記ができる。抵当権者株式会社第一銀行に対する残債務は、三〇何万円にすぎないから、原告がそれを支払えば、抵当権設定登記も抹消できると説明したこと、被告はその場で中森実の原告に対する説明を傍聴しているだけであつて、果して所有権が何人にあるかについて、林清風に訊ねるというようなことはしなかつたこと、そこで即日、売買当事者間に契約書が作成せられたが、その冒頭には「物件所有者佐藤仙蔵を甲とし」、売買当事者の欄には「所有者中森実」、「代理人売主(甲)佐藤仙蔵」末尾但し書に「右実権ハ中森実トスル」と記載されたこと、原告は帰宅後、右契約書の記載では、所有権が中森実にあるか、被告にあるが明瞭でないので、不安を抱き、翌一七日被告方に赴き、冒頭の物件所有者に「佐藤仙蔵」とあるのを抹消して、「中森実」と訂正記入せしめたこと、その際被告は、本件不動産は、実は自分が中森実から買取つたのだから、自分を所有者と表示したのだが、所有者は誰の名義になつていてもいいではないかと、一応訂正を拒んだこと、被告は東京都中野区駅前二四番地に、中野住宅相談所なる名称を用いて、店舗を設け、宅地建物取引業を営んでいたが、昭和二九年一月一六日、原告にあて、中野住宅相談所の名義を用いて手附金三〇万円の受領証を発行したこと、右手附金及び手数料一万五千円は、被告自身が受領したものであつて、中森実はその場には居なかつたこと、同人はその後行方をくらまし、今日に至るもその所在が判明しないこと(この点は当事者間に争がない)。原告は、明治製菓の傍系会社である明治商事株式会社を、定年退職し、その退職金を以て、本件不動産を買受けようとしたのであるが法律的知識には乏しかつたので、宅地建物取引業者である被告の言を全面的に信じて、本件売買契約を結んだものであることが認められる。右認定に反する部分の証人中島伴次郎の証言被告本人尋問の結果は、当裁判所の措信しないところである。

一方、その成立に争のない甲第九ないし第一二号証の各記載、証人小幡正雄の証言によれば、小幡正雄は内田、後藤、河原井某から、本件不動産四筆が売りに出されていることを知り、その所有者という触込みであつた中森実からこれを買おうとした。そして同人から本件不動産は、自分の所有であるから、何時でも所有権移転登記ができると聞かされた。そこで小幡正雄は、河原井某をして、東京法務局中野出張所で、登記簿を調査せしめたところ、所有者名義が林清風となつているので、同人と交渉の結果、昭和二九年八月一八日同人から買受け、即日その旨の所有権移転登記を経たこと、この間小幡正雄は、右不動産(家屋番号二六六番の二の平家を除く)には、株式会社第一銀行の為、債権額五〇万円の抵当権が設定されていたので、同銀行に残債務約三〇万円を支払つて、抵当権設定登記を抹消し、林清風に代金四五万円を支払つた外、中森実に対して三〇万円に近い金額を支払わされたので、同人から詫状を一本とつたこと、同人は、小幡正雄に対し、自己が本件不動産に所有権を有することにつき何等首肯せしめるに足りる証拠を提出し得なかつたことが認められる。

以上認定の事実から判断するに、被告は本件売買契約を結ぶに際し、売買の目的物件が、登記簿と地番、構造に於て不突合であり、殊に宮園通五丁目四九番地にある、家屋番号同町二六六番の二なる家屋については登記簿謄本さえなかつたに拘らず、これを漫然所在地番すら明にしない侭売買目的物件に加えたこと、本件売買の目的となつた宅地二筆建物二筆については、真実の所有者が林清風であつたに拘らず、中森実の言をたやすく信じて、その所有権が何人にあるかの調査を全然しなかつたこと、売買契約書の作成にあたつては、所有権が中森実にあるか、被告にあるか、極めてあいまいな表現を用い、殊にその作成の翌日、原告から契約書冒頭の所有者「佐藤仙蔵」の記載を、「中森実」と訂正することを要求された際自分が一応買受けたものであると言つて、その要求を一応拒絶したこと、(このことは、被告が中森実に所有権がないことを知つていたが、或は少くとも、被告に忠実に売買契約書を作成する意思があつたかを、疑わしめるに足るものがある)、被告は抵当債権者株式会社第一銀行に対して、中森実がいつたような残債務の弁済で、抵当権設定登記の抹消ができるかどうかを確めてみなかつたこと、又中森実は、原告が被告に支払つた手附金三〇万円を受領したかどうかは暫くおき、少なくとも小幡正雄からうけとつた三〇万円に近い代金を費消しながら、その後行方をくらますような男であるが、被告は、同人の資産職業性格等について、これを調査するというような努力をしなかつたこと等の点に於て、宅地建物取引業者として為すべき、注意義務及び告知義務を怠つたということができる。当裁判所に顕著な宅地建物取引業法(昭和二七年六月一〇日法律第一七六号)第一三条によれば、宅地建物取引業は、依頼者その他取引の関係者に対し、信義を旨とし、誠実にその業務を行うべき義務、第一八条によれば、業者は、依頼者又は相手方に対し、取引の重要な事項について、故意に事実を告げず、又は不実のことを告げる行為をしてはならない義務、即ち不動産取引に関する事項について、真実の告知義務が課せられているのである。本件に於ては、被告は方しく、かような義務に違反したものということができるのであつて、原告が売買契約を結ぶに至つたのは、少くとも被告の重大な過失に基因するものということができる。

被告は、昭和二九年一月一六日、原告を本件宅地建物の現場に案内し、中森実から、本件不動産の所有名義が林清風名義となつているが、その実権は、自分にあるから、原告への故有権移転登記を為し得ることを説明し、原告はこれを諒解しているから、被告には何等の故意過失は無いと主張するけれども、原告は、前段認定のように不動産の売買については、何等の法律知識を有しないに反し、被告は、宅地建物取引業を営むものであるから、原告が、中森実から右のような説明を聞き、かつこれを信じたからといつて、被告の過失はこれが為軽減されるものではない。否寧ろ、原告が前記売買契約を結び、出費を為すに至つたのは、全く被告の過失のみに基因すると言つて差支ない。蓋し、宅地建物取引業法は、第一条に、「宅地建物取引業者の登録を実施し、その事業に必要な規制を行い、その業務の適正な運営を図ることにより、原告のように、不動産取引に特別の知識経験を有していない者が無責任な不動産取引業者の不忠実な行為により、不測の損害を蒙ることを避ける」ことを、その立法の趣旨としているからである。

して見れば、原告は、被告の重大な過失に基き、右手附金仲介手数料合計三一五、〇〇〇円を、被告に支払うことにより、同額の損失を蒙つたものということができる(中森実が現在所在不明で、原告が同人に対し、その責任を追究するに由ないことは、被告の認めるところである)。被告の現存利益不存在の抗弁は、原告の不当利得の請求に対して主張されたものであるから、被告の不法行為を主張する原告の請求については、右抗弁はこれを判断する必要がない。従つて、原告が被告に対し、右損害金、及びこれに対する、被告が右金員を受領した日の後である、昭和三一年五月一一日から支払ずみに至る迄、民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める本訴請求は、全部理由がある。よつてこれを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 鉅鹿義明)

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